映画「掘るまいか」は、

人の手だけで掘り抜かれた約900mの日本一長い手堀トンネルの掘削を描いた

ドキュメンタリー映画です。

9月21日(日)午後1時30分から、柏市教育文化会館(ラコルタ柏)5階講堂で上映します。 

申し込みは、次のサイトからお願いします。 (参加費無料 寄付金(任意)をお願いします。)

https://horumaika-kashiwa.peatix.com/

 または

https://forms.gle/xUFmbn3sXmWUx4ZK9

<中山隧道について>

(1)いつ頃の話
トンネルを掘り始めたのは、昭和8年(1933年)11月でした。 10年近く経過し、330m 程掘り進んだが、集落の若者が次々と戦争に出征していく事態となり、昭和18年(1943年)工事は休止となった。 昭和22年(1947年)に東竹沢村村長となった松崎利得氏は補助金獲得の陳情に県庁へ何度も出向いた。 結果、民有林開発林道として補助率3割の補助金が認可された。 工事は、昭和22年(1947年)12月に再開し、昭和24年(1949年)5月1日にトンネルは貫通した。

平成10年(1998年)12月に手堀トンネルに隣接して国道291号の新トンネルが完成した。 手堀トンネルは、この時まで54年間利用され続けた。

 

(2) どうしてトンネルを掘ったのか
長岡市山古志東竹沢小松倉地区は、昭和8年頃63世帯が暮らしていた。 小松倉地区からは、どこに出るにも山越えが必要であり、最も近い小出町(現魚沼市)へも、中山峠を越える必要があるため、積雪が4mを越える冬期は困難を極めた。

そこで、小松倉地区の有志はトンネル掘削を提案し、地区の総会に諮られ、3分の2程度の賛成が得られたが、反対者は約3分の1存在した。 結局、賛成者のみでトンネルの掘削を開始した。

(3)中山隧道の位置

次のGoogle Mapを参照ください。

参考

映画は平成15年(2003年)に完成し、多くの上映会が開催されました。 上映会パンフレットのうら面に今村昌平氏と佐藤忠男氏の映画評および当時山古志村村長であった長島忠美氏の言葉が掲載されていますので、そのパンフレット裏面を以下に掲載します。